結婚してから、義父がいなくなるまでの間 

常に私は、「かわいそうな私=被害者」でいたかったのだろうと。


そのために、義父母をはじめ、

婚家の人たちは、悪者でいてくれなければならなかった。


義父母が何か言えば、こじつけて悪いほうに受け取った。

アラ探しもたくさんした。

そうやって、私は被害者になった。


最初から心を閉ざし、開くつもりなんてこれっぽっちもなかったのだと思う。





息子の結婚を通して

昔の自分を振り返る機会も多く

もし、お嫁さんが昔の私のような人だったなら・・・と思うと

ゾッとする私がいる。


こんな悲しいことはない。

随分、ひどいことをしていたものだと思う。


本当の被害者は、義父母だったのかもしれない。

(まだ義父が存命なら、未だに、こうは思えていなかっただろうが)



そして、私が被害者になるための

とばっちりを 真面に受けたのは子供たちだ。






 
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義父がいなくなり、
後の整理も目途が付き、精神的にも物理的にも余裕ができて
これからは、実家の両親との関わりを増やして行きたいと考えた矢先
実母の体力、気力が急激に衰え始め
一緒に買い物や食事、小旅行でも楽しめたらと考えていたことが

難しくなった。


今まで、嫁ぎ先優先で長いことやって来て、実家は後回し。

やっと、娘らしいことができる。

と思っていたのに、どうしてこのタイミングで?

一歩 遅かった、と落胆した。



同時に、ホッとした私もいた。

もう、親孝行しなくて良い理由(義父母がいる)がなくなったんだから

「今度は実家の親の番」という義務感いっぱいの もう一人の私だ。



先日、いっしょに食事に行く約束をして、

実家に迎えに行くと、母が寝ていた。

家事と庭の草取りをして、疲れてしまったのだという。

このところ毎日、

家事をしては寝て、家事をしては寝て

を繰り返す生活になっているらしい。


「しんどいなら、草なんて放っておけばいいのに」 と言うと、

気になって放っておくことが出来ないのだと言う。


外食は中止し、買ってきたお弁当を実家で食べた。


食事の後、庭に出てみると

庭はきれいに整っていて、草はほとんど生えていない。

母が元気だった頃と同じだ。


しんどいしんどいと言いつつも

草を取り、庭をきれいにすることは

母にとって日常の一部で

やらないほうが、不自然なことなのだろう。



高校生の頃、

私は母に言った。

「お母さんなんて、ずっと家にいて楽してる」

(私(や妹や父)は、日々、対人関係で気を使い、苦労している)


誰にも気を使わず、マイペースで暮らしていて、

まるで何もしていない、怠け者のように思っていたのだ。


母は、あの時、何も言わなかったが

どんな気持ちだったのだろう。



今になってみて、それが思い違いだったことがわかった。



母が家にいて

毎日、家の中をきれいにしていてくれたから

私たちは、普通に暮らせたのだ。


家の中が、整っていることが当たり前すぎて

それに気付かなかった。


本当は、

母は、マイペースだが働き者だった。


私は、大きな思い違いをしていた。







 

 

 

 

 
義父の49日を終え、日々の生活も、落ち着きを取り戻し始めました。
遺品の整理に取り掛かる余裕もでき
毎日仕事に出かける前の1時間ほどが、そのための時間になっています。

葬儀の時に、生前の義父について、
義父の友人や知人たち大勢の人の口から聞かれた言葉は
「我が侭な人だった」
「おしゃれな人だった」 
でした。

「我が侭」な義父には
私自身、振り回され、苦しめられて来た(と思っていた)ので
そう言われて、すぐにピンときたのですが
「おしゃれな人」と言われても
家でヨレヨレのジャージ上下を着た義父や、ステテコ姿の義父を見てきた私には
どうもピンと来ませんでした。

が、義父の洋服ダンスの整理をするうちに
義父の年齢で、しかも男性にしては
持っている洋服がとても多いことに気づきました。

勿論、昔の古い洋服も捨てずに大切にとってあるのですが、
処分するのは惜しいような、
まだ新しいおしゃれなジャケットなどが数枚出てきて
そういえば、外出するときには、いつもキチンとした恰好をしていたなぁと
思い出し、
「おしゃれな人だった」  という言葉に、納得したのでした。

また、洋服や下着が、きれいに整理して仕舞ってあり
片付け下手の私は、とても感心させられました。



義母が亡くなったときは、遺品の整理をしなかったので
今回、二人分の遺品を整理しなくてはならない、と気が重かったのですが
蓋を開けてみると、どうやら遺品の整理は
「私が」行わなかっただけで、
実際には義父が、義母の衣類をきれいに畳んで
段ボールの箱や衣装ケースに保管していたのだとわかりました。

人を使うことが多い義父だったのですが、
義母の遺品は、すべて義父ひとりで整理したということを知り
義父にとって義母が、いかに大切な人であったのか
その想いに触れることができたように思いました。



義父がいなくなったことで
今まで、見えなかったものが少しずつ見えてきました。

私は、自分を守るために何重もの色眼鏡を掛けて
義父母を見ていたのだなぁと
今になって、よくわかります。

もう必要無くなった眼鏡を一つずつ外し
これから等身大の義父母を知って行くのだと思います。





 

 

 

 

 
私の中には 「理想の息子のお嫁さん像」 があったらしい。
そんなこと、これまで一度も意識したことなかったので
自分でビックリ(; ̄Д ̄)!

どんな人を思い描いていたかというと、一言でいうと自分と似たような人。

監視して、悪いところを見つけて
自分を被害者に仕立てて
愚痴を夫や友達相手に言いたかったんだと思う。

自分より下の人を作りたかったのかもしれない。


実際のその人は、私の理想とは大きくかけ離れた人だった。

で、出てきたのは劣等感。
行き着く先は、やっぱり被害者意識? (-_-;)


ううん。
もう、そこからは脱却しよう。






 

 

 

 

 
お嫁さんは、私に遠慮し、一線を引いているように感じ、

息子は、お嫁さんとお嫁さんのご両親を大切にする。

そして、お嫁さんのご両親も息子に良くしてくださる。


私は、息子をとられてしまったような気持ちになり、
息子に向かって、つい文句を言いたくなる。


私の姑も、私や私の実家の親にこれに近い気持ちを抱いていたのかもしれないなぁ。
だから「この家のやり方に従え」的なことを言い
自分を、家を、守ろうとしていたのかもしれない。


姑って 実はとてもさみしい存在なのかも・・・
と、思ってみたのでした。



 

 

 

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